とうつきの本棚

本に纏わることの記録。

『マーダーボット・ダイアリー 上/下』マーサ・ウェルズ

統制モジュールをハッキングした人見知りの人型警備ロボットが、顧客たちの安全を守るために戦うSF作品。

 

主人公"弊機"のキャラクターがいい!

※"弊機"とは主人公の一人称。弊社などへりくだった言い方の"弊"に、ロボットなので"機"を加えたもの。

契約者の人間を裏切らないよう、ロボットには統制モジュールというシステムが組み込まれているのだが、"弊機"はこれをハッキングで破壊している。だから目の前の人間に従わなくたって、なんなら殺したって統制モジュールによる罰は受けない。そんな状態になった彼が最初にしたことは、流れてきたメディアを見ること。以来、連続ドラマの視聴にハマっているロボットである。

もうここからおもしろい。伊坂幸太郎『死神の精度』を思い出す。死神は無類のミュージック好きだった。

 

警備ロボットはクローンから作られた有機組織と、メカや銃器を組み込んだ非有機組織が融合している。イメージとしては、ロボットというよりアンドロイドか。有機組織があるから、統制モジュールを壊す前から意思と感情がある。

どうも、この世界で警備ロボット全般は好かれていないらしい。暴走したら周囲を見境なく襲う兵器として遠巻きに恐れられている。お世辞にも良い扱いを受けてきたとは言えないなか、統制モジュールを壊してある意味「暴走」した"弊機"が、自らの意思で顧客たちを守る姿は痛快。そもそも、統制モジュールを壊したのは人間たちを守るためのようだし。

また、"弊機"は極度の人見知りで、ヘルメットを外して目を合わせるのが苦痛、下手するとパニックを起こす。触られるなんてもってのほか。文面上は淡々と書かれているのに、内心大パニックな姿はなんだか可愛い。


そんな"弊機"は、とある惑星探査チームを保険会社の命に従い警備するも、通常なら有り得ない状況が次々に起こる。これは誰かの陰謀か、顧客たちを守るためにはどうしたらいいのか――。これが第一話で、その後もいろいろな顧客を警備し、守り、敵を抹殺する。

その他の登場人物も魅力的で、特に第一話の惑星探査チームのリーダー・メンサーがかっこいい。"弊機"のピンチに掘削ドリルを抱えて登場するシーンは痺れた。

 

大怪我をしても修復と治療が可能だったり、人の機微がわからなかったり、食事の必要がなかったり……と、"弊機"は警備ロボットとして人間味が薄い面も描かれる。
しかし、人見知りでパニックになったり、危険な状況で内心慌てたり、自分のミスを反省したり……と誰よりも人間くさく描かれてもいる。反省や学んだ技術を次の話で活かしていて、"弊機"の成長は目覚ましい。

 

上/下巻合わせて中編×4本の構成で、テンポよく読むことができた。続きは長編とのことで、面白いけどこの話を長いスパンで読むのはしんどそうかな、と思ったり。

ストーリーが面白いのは勿論のこと、一人称を”弊機”と訳し、淡々としながらどこか抜けた語り口にした翻訳者のおかげで面白かった作品だと思う。他に登場する船の一人称が”本船”だったり。中原さんありがとうございます!

 

  • タイトル:マーダーボット・ダイアリー
  • 著者:マーサ・ウェルズ(訳:中原尚哉)
  • 出版社:創元SF文庫
  • 読んだ日:2023年12月◇
  • 経路:父に面白い本を貸してと言ったら「これ好きだと思う」と貸してくれた本。「人見知りでパニックを起こすような、ちょっと抜けてるロボット好きでしょ」……どうしてわかった。