フランスのプロ自転車チームに所属し、夢のツール・ド・フランスに参加することになった白石誓。しかしチームスポンサーの撤退が噂され、メンバーの心はバラバラになって行く――。『サクリファイス』の続編。
初めて『サクリファイス』を読んだとき衝撃を受けて、とても引き込まれて、だからこそ読めなかった続編。たまにせっかくの名作を汚す続編ってあるじゃないですか……。
でも、そんな心配は無用だった。すごく面白かった。
引き続き勝利に貪欲になれない白石は、チームのアシストとして、また様々な思惑や執念が渦巻く物語での語り手として、良い役割を果たしていた。一歩引いた立場の白石視点で進むから、こんなに込み入った話がフラットに近い状態で読めるのだと思う。
スポーツは実践にも観戦にも疎いので、「来季のスポンサー契約打ち切り」のイメージが最初は湧かなかった。でも、すぐに雇用先がなくなり食い扶持に困る可能性やそれに対する焦りをすっと理解できた。
さすが、知らない世界をそうとは感じさせないままに楽しませることに長けた近藤史恵さんならでは。『サクリファイス』では、自転車レースの"じ"の字も知らない私がこんなに楽しく読めるなんてと驚いたが、その文章力が遺憾なく発揮されていて嬉しい。
白石の所属チームのエースである、フィンランド人のミッコが良い。彼もまた(少なくともレース外では)淡々とした性格で、どこか前作の石尾を思い出した。白石はこういうエースのアシストが得意なのかもしれない。許せない状況を聞いても表面的に苛立つのは一晩だけで、レース外でも戦っているのだ、と白石の評される姿は魅力的だった。
ミッコが「しょせん、俺たちはフランス人じゃないってことだ」と諦念を述べるシーンがある(p.208)。悲しいけれど、そうなのだと思った。私はオリンピックすらテレビ観戦しないけれど、日本人が勝ったというニュースは嬉しい。サッカーなどのチーム戦で点数を取るのは、外国から移籍した選手より日本生まれ日本育ちの選手の方が嬉しい気がする。そういったうっすらした区別が世論となって、時に差別となるのだと思った。
自転車レースを主題としながらも、人種差別や貧困にまで話が及んでいる。一応ミステリー…というかサスペンス要素もあるが、基本は自転車レースと選手たちの人間模様が中心。決定的な何かがなくとも、微妙なすれ違いで崩れていくよね…とちょっと悲しい。
『サクリファイス』の衝撃を引き継ぐ、読み応えのある作品だった。最後に、彼らの背負ったものを象徴する言葉を。
そう、それは美しくて、ひどく陰惨な呪いだ。(p.308)
- タイトル:エデン
- 著者:近藤史恵
- 出版社:新潮文庫
- 読んだ日:2023年12月◇
- 経路:BOOKOFFで購入
関連記事