とうつきの本棚

本に纏わることの記録。

『その扉をたたく音』瀬尾まいこ

音楽で生きたいと思いつつ、なんの展望もなく実家からの仕送りで暮らす29歳無職・宮地。レクリエーションとしてギターを弾きに訪れた老人ホームで、介護士・渡部の吹くサックスに心を打たれる。彼を音楽の道に誘おうと老人ホームを再訪する中で、利用者たちとも心を通わせていく。音楽と、老いと病気。宮地が自分を見つめ直す物語。

 

最初はなんだこいつ、と思った。老人ホームで奏でるギターは若者向けの曲ばかりで、どうして俺の音楽がわからないんだと嘆き、天才的なサックスを聞くために余所者のくせしてレクリエーション室の最前席に座り、我先にとリクエストを希望する。月20万円の仕送りを受けて、バイトすらせずに暮らしている。なんだこいつ??

ただ、読み進めるとすぐに宮地の人の良さが滲み出てくる。なんだかんだと老人たちの依頼を聞いたり、未経験のウクレレを教えるために事前に練習したり……。相変わらず口は悪いが、素直でざっくばらんでどこか憎めないキャラクター。悪人が作中で改心して印象が変わることは多いが、改心せずそのままで評価が変わっていくのは面白い。

 

老人たちのお遣いを生真面目にこなし、介護士の渡部さんへ一緒に音楽をやろうと口説く穏やかな日々の描写は、この物語がどんな結末を迎えるかわからなくなった。お遣いは些細なことだし、渡部さんは音楽の道に進みそうもない。起承転結の転と結には何が起こるの?と首を傾げていたら、老人ホームならではの老いと病気がぐんっとクローズアップされて心が苦しくなった。そうか…。

 

穏やかで、悲しくて、それでもあたたかい、瀬尾まいこさんらしい作品だと感じた。

 

  • タイトル:その扉をたたく音
  • 著者:瀬尾まいこ
  • 出版社:集英社文庫
  • 読んだ日:2024年2月
  • 経路:本屋イトマイ@ときわ台で購入