とうつきの本棚

本に纏わることの記録。

『サクリファイス』近藤史恵

自転車競技(ロードレース)のスポーツ青春小説、かつ、想像もできない理由で起きた悲劇を紐解くミステリー。

初読は10年前。これまで読んだ本の中で、もっとも心に残っている本。

 

まず自転車競技の説明が上手い。

これまで自転車レースなんて一度も見たことがない素人が、さらっと読んで理解できる。くどい説明もなく、物語のなかで必要なことがすーっとわかる。

著者の近藤史恵さんは、全く知らない分野の事柄をさらっと理解させる文章が本当に上手い。他の小説でも、梨園、マッサージ、カード破産……染み込むような説明が本当に上手くてすごい。

 

キャラクターも魅力的。

スポーツ物ってどうしても努力!熱血!!勝利への執着!!!が根底にあり、スポーツをやって来なかった私はちょっと引いてしまう部分があった。この『サクリファイス』は自分が勝利することに魅力を感じない白石誓という男性が主人公で、一歩引いた立ち位置の視点で進む話は読みやすい。

ライバルである伊庭も良い。「だから、一度、試してみる」に痺れた。

 

ミステリー要素もすごい。

ずっと爽やかなスポーツ青春小説として進んできて、これがミステリーだと忘れかけた頃に事件は起こる。なぜ事件は起きたのか。想像もできないような悲劇と、狂気すら感じる信念と。伊庭の「そんなことのために、あの人は!」に共感しかない。それほど熱い人だったということだ。それでも、だからといって……!

 

文句なく名作だと思う。好きすぎて、ずっと続編が読めなかった。期待と違う方向へ行ってしまうことに耐えられないと思ったから。でも、そろそろ続編にも手を伸ばしたいと思う。