なにもかもうまく行かず、山奥の民宿で服薬自殺を図るも死にそびれた千鶴。民宿の管理人・田村さんの大雑把さや豊かな自然に癒されていくが……。
都会で疲れた人が田舎で癒やされる物語は多い。そのほとんどは、田舎の美しさにただ癒やされて都会に戻るか、田舎の素晴らしさに魅入られて田舎での生活を続けるか、の二択だと思う。あるいは、癒やしを期待して訪れた田舎に幻滅するパターンもある。不便さや人間関係の狭さに辟易として、残念な気持ちのまま立ち去る。
死にそびれた千鶴は、まっさらな気持ちのまま田舎に癒やされ魅入られる。豊かな自然やおいしい食べ物、生きてゆくのに必要なすべてが揃ったここで生きていくのもいいなと思う。
でも、その上で”まだ”その時じゃないと気付く。
ここに田舎への幻滅はない。この地は素晴らしくて、満たされていて、でも”まだ”そこに辿り着いてしまうには早すぎる。
この”まだ”の感覚がリアルで、切なくて、良かった。
読了後、タイトル『天国はまだ遠く』はダブルミーニングだと感じた。
読む前に思ったのは「天国=死」で「死んでしまうにはまだ早い」という意味。読んだ後はこれに加えて「天国=楽園=満ち足りた素晴らしい場所」で「楽園で生きるにはまだ早い」の意味もあると思った。
美しい自然風景や”まだ”の感覚を書くのが上手い。どうしてこんなに上手いんだろう?と思ったら、あとがきで仕事で地方に赴任したと書かれていた。なるほど……。あと投稿する前に調べて映画化(2008年)していると知った。印象的なストーリーと豊かな自然で映画映えしそうだ。
私も仕事に疲れて無邪気に「田舎で暮らしたーい!」と思うことはある。でも本当に暮らすかと言ったら”まだ”早いのだろうなぁ。
- タイトル:天国はまだ遠く
- 著者:瀬尾まいこ
- 出版社:新潮社
- 読んだ日:2023年9月~10月◇
- 経路:奈良県のブックカフェ「ミジンコブンコ」にて