高校の体育館で美しいピアノの音と"調律師"という仕事に強く惹かれた外村は、その憧れをもって調律師となる。調律師の奥深さと外村の成長を、静かに澄んだ文章で綴った美しい物語。
外村は初めてピアノの音と出会った時、目の前に広がる森を見る。この風景描写がとても美しく静謐でぐっと惹き込まれた。静かで薄暗い、木々が鬱蒼と生い茂る森で息をするイメージが湧く。私は調律師という仕事はもちろん、ピアノにも、町から離れた森の様子にも詳しくないが、きっと美しい音が響いているのだろうと思わされた。
一番良かったのは作品全体の雰囲気。ピアノから広がる森の描写をはじめとして、全体的に静かでやわらかく、しかしどこかきゅっと引き締まった緊張感も感じる作品だった。
登場人物もみな深みがあっていい。どうして調律師になったのか、どんな調律をするのか、それぞれの考えがひっそりと語られる。
言葉を尽くして語ろうとすればするほど、作品の良さを台無しにしてしまいそう。2016年本屋大賞受賞も納得の作品だった。
最後に、外村の憧れの調律師・板鳥が引用した、小説家・原民喜(はらたみき)の文を載せたい。
「明るく静かに澄んで懐かしい文体、少しは甘えているようでありながら、きびしく深いものを湛えている文体、夢のように美しいが現実のようにたしかな文体」(文庫版p.65)
これは原民喜にとって憧れる文体であり、板鳥にとって理想の音をそのまま表してくれている言葉だとしている。しかし私は、この小説全体をまさしく表す言葉だと感じた。
- タイトル:羊と鋼の森
- 著者:宮下奈都
- 出版社:文春文庫
- 読んだ日:2024年3月▽
- 経路:図書館で借りて
- その他:2016年本屋大賞