とうつきの本棚

本に纏わることの記録。

『毒入りチョコレート事件』アントニイ・バークリー(高橋泰邦訳)

ひとつの事件を6人がそれぞれ推理する、推理の手法と展開を楽しむミステリー。海外ミステリーに明るくない私でも、名前は知っているとても有名な作品。

 

既に殺人事件が発生し、警察が捜査するも行き詰まった状態で物語が始まる。探偵役は犯罪研究会の6人。彼らは犯罪研究会の題材として事件を調査し、それぞれの推理を披露する。

一人が細やかな推理を披露しては、周囲が前提を覆す。一人が破天荒な推測を繰り広げては、周囲がアラを見つけて指摘する。……そんな6人分の推理が繰り返される作品だ。

 

ミステリーにおいて、探偵は絶対的に正しい。探偵がそうと言ったらそうなのだ。探偵側の考えはいつも正しく、その他は重要な証拠を見つけられない。

例えば、酒の飲めない男がワインを買っていたことを探偵が指摘したら、それは被害者を酔わせて殺すための準備以外のに他ならない。たまたま酒好きの友人へのプレゼントを選んでいた、なんて、ミステリーではあり得ない。

6人の推理はそれぞれ正しく見える。彼らがそれぞれ別の小説の主人公だったら、探偵役である彼らの推理は真実正しくて、それぞれ指摘した人物が犯人として捕まっていたんだろう。ところが6人の推理を読む本作では、それぞれ推理の稚拙さを指摘される。ミステリー小説は、探偵役によっていかようにもできるのだと感じる構図だ。

 

発想は面白いけれど、ともかく文章が読みづらい。推理の発表のシーンがひたすらに長い。海外文学を翻訳したときにありがちな、ひたすら修飾された言葉の数々がまあ長い。著者がイギリス人だからか、皮肉もたっぷり。

一般的なミステリーでは犯人との手に汗握る会話や、辛い心境を交えた自供、それを受けた周囲の反応("まさか貴方が犯人だったなんて…!")が描かれるが、この作品では基本的にそういったシーンはない。つらつらと続く修飾過多で高慢で皮肉気味な推理を延々と読むのはやや辛くもあった。

 

  • タイトル:毒入りチョコレート事件
  • 著者:アントニイ・バークリー高橋泰邦訳)
  • 出版社:東京創元社
  • 読んだ日:2023年2月◇
  • 経路:ブックホテル「ランプライトブックスホテル名古屋」にて
  • その他:新版でカバーの折り返し部分に登場人物の名前と簡単な紹介があって助かった。探偵役が6人いるなど、登場人物が多いので最初は混乱した。