とうつきの本棚

本に纏わることの記録。

『いいね!ボタンを押す前に―ジェンダーから見るネット空間とメディア』治部れんげ他

ネット上での炎上や諸問題をジェンダーの視点から分析・考察した本。複数の著者の文章を集めてまとめたもの。

 

この本ははてなブログで知った。たしかはてなブログトップからアクセスしたので、どこの誰の記事かはもう分からない。ちょうどTwitterで目にするキツイ論調の投稿の数々に辟易していた時期で、図書館で取り寄せられることを知って予約した。

 

複数の著者が執筆する本書は、やはり著者・題材によって読みやすさや納得感に差があった。
一番引き込まれたのは序論「私たちはデジタル原始人」だったりする。

私たちは今、デジタル人類史の旧石器時代を生きている。手のひらの中のその四角い物体は、はるか昔のご先祖様が握りしめていた石のかけらと同じだ。今、目の前で起きていることはとてつもなく新しいけれど、だからこそ未来の人たちから見れば、私たちはとてつもなく未開である。
私たちはデジタル原始人/6ページ

この方の文章の読みやすさと、各章の内容をざっくりまとめた紹介、見に覚えのあるネットに関わる諸問題の例があったから、本書を読み進められた。

 

内容で面白かったのは「第3章 なぜSNSでは冷静に対話できないのか(田中東子)」だった。
SNSの言論空間は社会の総意ではない、「高いカスタマイズ可能性」によって情報が個人化されている、SNSの対立構造は類型化できる、SNS対立には討論に必要な情報が揃っていない、といった考察が並ぶ。こういった情報を事前知識として持っていれば、他者のSNS炎上や対立を目の前にしたとき、一歩引いて落ち着いた対応ができるのでは、と感じた。

 

第1章でも触れられていたが、「フィルターバブル」「エコーチェーンバー」という言葉も興味深かった。

「フィルターバブル」とは、アルゴリズムがネット利用者の興味関心を分析・学習してはじき出した"見せたい情報"が優先的に表示されることで、利用者の観点に合わない情報からは隔離され、自分の考え方や価値観のバブル(泡)の中に孤立する情報環境を指すらしい。TwitterYouTubeのおすすめ欄が代表例だろうか。
「エコーチェーンバー」とは、SNSを利用する際に自分と似た興味関心を持つ利用者ばかりをフォローし続けていくことで、自分が良いと感じる意見を発した時に、自分と似た価値観の意見しか返ってこなくなる状況を、閉ざされた部屋で音が反響する物理現象になぞらえた言葉らしい。

 

たしかに、私はミニマリスト(厳選された少数の物を持って暮らしたいと考える人)の考えに共感するところがあり、Twitterではそんな人をフォローするし、そんな投稿にいいねをする。するとTwitterのおすすめ欄にはすっきり整った部屋の写真や断捨離最高!といった意見が多く流れてくる。もう人類みんな……とはいかずとも、多くの人がミニマリスト的な思考を持っているんんじゃないかと思えてしまう。

しかし、Twitterから一歩出ると「捨てた物に限って後から必要になるし、断捨離なんて馬鹿馬鹿しい」「あんなのただの一過性ブームでしょ」といった批判的な言葉も見かける。そうして、ああミニマリストは全員に受け入れられる価値観ではないんだな、と改めて気付く。持ち物への考え方なんて大した問題にはならないけど、これがもっと過激な思想や生き方に関してだったら、そして世界が狭まっていることに気付かず価値観だけが正しいと思ってしまったら、とても怖い。

 

上記の第3章と、これに続く「特別対談02 ネット世論は世論ではない(山口真一、小島慶子)」だけでも、SNSと上手く距離を保って共存していくための良い資料となると思う。

 


一方で、この本が掲げる「ジェンダー」の問題点には、イマイチ納得できない点も多かった。

それは、私のジェンダー問題への当事者意識が欠けているからだと思う。大変幸いなことに、私は性別が女だから苦労したことがあまりない。本当に幸運なことに痴漢被害なんかに遭ったことはなく、自分が不細工であることをほんのり受け止めて生きて来た。世の中に数ある問題は、当事者であればあるほど関心が強くなる。当事者意識が欠けているから「その意見は過剰では?」と思ってしまうことも多かった。

納得できない点を挙げようと思ったが、知識不足&自分の考えが浅すぎて上手くまとめられなかった。持てる知識で反論を書こうとすると、それこそ第3章で述べられていた討論に必要な知識や前提が揃っていない状態で、反論とも呼べない浅い意見をネット上に垂れ流すことになるのだろう。やめよう。

ただ……うん。中立的な立場ではなく、自らの所属するグループ(=女性というジェンダー)が差別されているという被害者意識に基づいた、自分が信じたい考えや意見だけを拾った論説に感じる文章もあった。一部はまさしく「女性はジェンダー問題の被害者だ」というバブルに飲まれていると感じた。現時点での私個人の感想となるが。

 

SNSに疲れた人は、本書の第3章と特別対談だけでも読めば、少しは気が楽になるんじゃないだろうか。

 

  • タイトル:『いいね!ボタンを押す前に―ジェンダーから見るネット空間とメディア』治部れんげ
  • 著者:治部れんげ他
  • 出版社:亜紀書房
  • 読んだ日:2023年7月
  • 経路:図書館