とうつきの本棚

本に纏わることの記録。

『アンと愛情』坂木司

デパ地下の和菓子屋「みつ屋」でアルバイトを約2年続ける梅本杏子ことアン。店舗にすっかり馴染んで"このまま変わらなければいいのに"とすら願うアンは、他店からの応援店員や旅行先での出会い、和菓子の調べ物などから新しい気付きを得ていく。"ほの甘ミステリー"な『和菓子のアン』シリーズ第3作。

 

今回のタイトルは『アンと愛情』。その名の通り、振り返ればどの話にも「愛」の要素があった。恋愛だけに限らない、相手のことを大切に思う気持ちにクローズアップされていて良かった。また、アンにとっても、みつ屋にとっても、かなり大きな転換点となった作品だったと思う。

 

「こころの行方」に登場した桐生さんは、個人的に耳が痛い存在だった。わかる……効率的にテキパキ働きたい気持ちと、それによって欠けてしまうものがあるってこと……。アンのようなほんわかしたキャラクターが主人公だと、桐生さんのようなキャラクターは悪者になってしまいがちだけど、”適材適所”といった形でまとめられていて救われた気持ちになった。

椿店長に対するアンの気持ちは、まあわからないでもない。過去を偲ぶ気持ちはたしかに美しい。でも、相手に自分の望む美しい姿のままいて欲しいと願うのは、それが叶わなくて憤るのはあまりに傲慢だよね。極端な例えを出すなら、”ファンを一番に考えてくれる可愛くて素敵なアイドル”を夢見て崇拝し、何かあった時に裏切られたと誹謗中傷するファンみたいなもの。……書きながら思ったけど、アイドルに限らず、この考え方ってSNSを中心に昨今の世の中に蔓延っている。そんなご時勢も反映しているのかな。

和菓子を調べる中で、アンに「わかるって面白いかも」という気持ちが芽生えたのは良かったな、と思う。私自身が大卒なので偏見もあるけど、やはり”やりたいことがないため進路未定のまま高卒→通りがかった和菓子屋でアルバイト”の経歴は心配になる。ただ、大学に行かなかった人の「大学はきっと、こういう「ぱかん」をたくさん見つけに行くところなんだ。(文庫版P.365)」との感想は新鮮だった。いまどき純真すぎる面はありつつも。

 

ところで、作品を追うごとに立花さんの評価が下がり、同時に好感度が上がっている。この物語は終始アンの一人称小説であり、「立花さんはすごい人」フィルターが掛かった描かれ方だけど、実は立花さんって未熟な面が多いと思う。今作で個人的な感情をお店で出してはいけないとアンを諭していたけれど、前作でのふるまいをお忘れでしょうか……? 深刻な勘違いを呼ぶ言葉選びも相変わらずだし、「クレーマーにも一分の理」「三人でもお店は回る」など店舗運営に関して首を傾げたくなる発言も散見されるし……。ただ、欠点がある方が魅力的というか、敢えて完璧でない方が惹かれるのもたしか。

今後、アンはもちろん、立花さんの成長も見守りたいと思った。

 

  • タイトル:アンと愛情
  • 著者:坂木司
  • 出版社:光文社文庫
  • 読んだ日:2024年1月▽
  • 経路:職場の人から借りて